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社会的事件

信楽高原鉄道列車事故について

1 事故発生 1991年5月14日

2 基本的事実関係 滋賀県信楽町(当時、現在は甲賀市)の信楽高原鐵道線の軌道上で、信楽高原鐵道側列車とJR西日本の直通列車とが正面衝突した事故

3 被害状況 死亡者42名、負傷者614名

4 事故原因 信楽高原鐵道側列車が信楽駅を出発しようとした際、信楽駅の出発信号機が「赤」信号であったにもかかわらず、小野谷信号との連絡体制のないまま手信号で出発した。一方貴生川駅発のJR西日本直通列車は小野谷信号場を通過した後、信楽高原鐵道側列車と正面衝突した。

信楽駅の信号が赤固定した原因の一つにJR西日本が信楽側に無断で設置した方向優先てこの存在があるとされる。

5 事故調査機関による調査 当時、鉄道事故のための常設の事故調査機関はなく、運輸省(当時)鉄道局が事故原因の調査結果を公表したが、本文わずか12頁で、内容としても極めて不十分であった。

6 刑事責任 信楽高原鐵道側の3人が起訴され、2000年3月24日、大津地裁で有罪判決を受けたが、JR関係者は起訴されなかった。

7 私(佐藤)の弁護士としての関わり

□ 遺族会の結成

 事故後、JR西日本は、「事故は信楽高原鉄道の軌道上で起きたもので、事故の責任は軌道を管理する鉄道事業者(つまり信楽高原鉄道)が全面的に負うべきものである。車両と運転士を信楽側にレンタルしただけであるから、全く責任はない。謝罪の必要もない」という態度をとりました。

 しかし多くの乗客は、JRの駅でJRの切符を購入して、JRの列車に乗っているのであり、JRに全く責任はないという態度は到底納得できるものではありませんでしたが、JRは関西を代表する大企業であり、個別の遺族で対応するのは極めて困難だと判断し、遺族会を結成することになりました。

 他方で大阪の弁護士中心に弁護団も結成され、佐藤もその一員になりました。その際、次の3点を遺族会と弁護団の共通の目標にしました。①事故原因の究明、②責任の所在の明確化、③公正な賠償の実現、です。

□ 民事裁判

 遺族会の結成後、しばらく鉄道両社と交渉を続けましたが、責任を否定するJRの態度は変わりませんでしたので、1993年6月、鉄道両社を相手取り、大阪地方裁判所に提訴しました。6年間に及ぶ審理の後、1999年3月、大阪地裁は事故はJRにも責任があるとの判断を示しました。JRは大阪高等裁判所に控訴しましたが、控訴は棄却され、ようやくJRの法的責任が認められました。

□ 刑事裁判への関わり

 当時は現在のような刑事裁判手続きにおける被害者保護の制度はありませんでした。裁判の傍聴でも遺族に対する優先的措置はなく、他の傍聴希望者と一緒に並ばなければなりませんでした(現在では、優先的傍聴の制度があります)。

 刑事裁判で証拠として採用された証拠資料も、閲覧権はなく、民事の裁判所(大阪)から刑事の裁判所(大津)に訴訟記録の送付嘱託の制度しかありませんでした(現在では、被害者に謄写閲覧権があります)。

 私たち弁護団は、手分けをして大津地方裁判所に通い、後半の模様をメモし、送付嘱託の元資料にしました。刑事裁判では、事故の要因の一つにJRが信楽側に無断で行った信号保安設備の工事があると判断しました。

□ TASKのこと

事故が起きた当時、本当に被害者保護の仕組みはなく、被害者・遺族は文字通り蚊帳の外に放置されました。

 しかしそんなことがまかり通ってはなりません。そこで遺族と弁護士は手弁当でアメリカ訪問調査を手始めに調査研究を行い、我が国における鉄道事故調査制度と遺族支援の制度の改善を訴え続けました。その願いは事故後10年にしてようやく届き、2001年(平成13年)、我が国にそれまでなかった鉄道事故調査委員会が設立されました。

 このことは、多くの方から、信楽のご遺族の奮闘で、日本に航空・鉄道事故調査委員会が作られたと評価されています。被害者・遺族がこのような活動の成果を残すのは画期的なことです。弁護団としても、法理論面での支援や英語文献の翻訳などその活動をサポートできたことを誇りに思っています。

(佐藤健宗)

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